
模型作ってるオヤジの背中なんか何も語っちゃいねエ。
模型製作に関して、僕にはこんなジンクスがあります。「作業しているところを嫁さんに見られると、その作業は失敗する」というヤツ。
そういうことなので、嫁さんには「模型を作っているところを覗くな(覗かないでください)」と言ってあります。『鶴の恩返し』かよってな話です。別に何にも恩返ししないけど。
奥ゆかしいところがあると言うと褒めすぎで腹が痛いのですが、嫁さんはそれを守ってくれていて、僕が模型を作るために部屋に籠っていると近づきません。ありがとう。ベイビー・アイラブユー。
下の娘はその正反対で、僕が模型を作っていようが○○をしていようが、ノックもなしにドカドカと入ってきます。いきなりドアがガバッと開くので、「びっくりしたあ!!」となって手元が狂うこともあります。むしろ、こちらのほうが危険な存在かもしれない。
そんなお父さんの姿は、娘たちの目にはどう映っているんでしょう。男の子であって「息子」ということであれば、もっと関係性も違ったのだと思います。今でこそ高校受験に向けて勉強を頑張っているお姉ちゃんがまだ赤ん坊だった頃、お父さんが喜ばそうと思って、仕事終わりに買って帰った初めてのおもちゃが江ノ電のプラレール。嫁さんの「女の子なんだから、空気読めよ」という態度を今でも覚えています。最初からズレてます。
「お父さんとキャッチボールをした」「サッカーを教えてもらった」というようなことは何もない。娘たちが『いい日旅立ち』の歌詞みたいに、父に教えてもらった歌を道連れに旅をすることもないでしょう。キャッチボールをしたり、歌を歌って聞かせるというようなことは、「共に何かを一緒にした」時間があったことを物語っています。それにひきかえ、ウチのお父さんは部屋で模型作ってるんだから。完成した模型見せても、娘たちの反応は「ん、あー」みたいな感じなので、お父さんは何も教えてあげられてないのはわかっている。
模型作ってるオヤジの背中なんか何も語っちゃいねエ。一歩間違えれば「クソオヤジ」
お父さんがお星さまになったあと(お星さまになれるのかは怪しいが)遺った作品群は家族にどういう思いを残すのでしょう。せめて「こんなの作ってたんだね」ってしみじみしてくれればいいな、と思ってはいるんですが、実態は「小学生の図工作品」レベル。
そういう思いで頑張っているんですが、実際には「小学生の図工の時間」にしかなっていないひと時を、引き続き、晒してみようと思います。
何度も書きますが、制作過程を人に見せるつもりで写真を撮っていたわけではないので、晒す手順はかなり飛び飛びで雑なものであります。ご容赦ください。

塗装して、前照灯のレンズを入れてみました。レンズはどうしようかと手こずりましたが、ダイソーで見つけた「めだまシール」を使いました。我ながら恐ろしい力技。曲面の塩梅とかよろしくないのですが、まあ良し、としました。こういうテキトーな感じでも、出来はどうであれ完成までこぎつけることができる、ということを紹介したいので、これを書いてます。高級テクニックの披露や高尚な技術論の展開は僕にはできないし、その僕ができないことをやれる凄い人は世の中にたくさんいると思うので、そっち方面は凄い人に頑張ってもらいます。僕は踏み台にしかなれません。

この商品の写真を撮ったのは、誰かに見せるためではなく、自分で忘れないようにするためです。また同じような物を必要とする時がくるかもしれないので。

運転台の計器盤。当初はED75 700番台(番代!)の特徴でもある蓄光式を表現しようかと思いましたが、あまりやっても意味ないと感じたのでやめました。


プラ板で組んでいます。画像の端々に「いつの間にやったんだよ」みたいなものが写りこんでいますが、詳細な制作記録の紹介ではございません。ごめんなさい。



後ろに、いつの間にか出来上がった台車が写ってます。
なんだかんだもったいつけて引っ張ってきましたが、残ってる画像はここまでです。「なんだそれ」と怒られます。わかっています。こんな図工のようなことを続けて、最後はこんな感じになりました。



次に何か作る時は、晒す前提でしっかり手順を記録しようと思います。
「いや~、模型って本当にいいもんですね!!」
シベリア超特急


