
「おまえはもう一度『あんぱんまん』を読め」と言いたい。『アンパンマン』ではない。『あんぱんまん』だ。あの『あんぱんまん』の献身の精神を、おまえはわかっているのか?と問い詰めたいと思う。あの時の自分に向かって。
衣替えの時機を逃し、外出の時はいつも同じポロシャツを着るしかないという状況に追い込まれている男でございます。以前は嫁さんが季節の変わり目には衣類の総入れ替えをしてくれていましたが、今では「自分でやれ」と言われています。男なんて誰も同じようなものだと勝手に解釈しているのですが、一度に入れ替えしなくても、その都度、一枚ずつ入れ替えていけばそのうち全部入れ替わるだろうと考えていました。
それが、今年はちょっと状況が違って、夏物の衣類が見当たらないのであります。どこに行ってしまったんだろう。嫁さんは「捨ててないから、どこかにある。自分で探せ」と言っています。
それで、とにかくこれからの季節に着られそうな物を探していたら、全く関係ないけど、リーバイスの501が出てきました。もう少し若い時に着ていたヤツです。嫁さんがこれを穿かせてくれないので、いつの間にやら視界から消えていた、そういう1本です。嫁さん曰く「シルエットがダサい」そうです。そして、なによりもボタンフライが気に入らないらしい。だから、着るなと、封印されておりました。
小生、「ダサカッコいい」はダンディズムの極みだと思っております。だから「ダサい」と言われたら、どうにかしてやろうと思うのですが、リーバイスの501は嫁さんが個人的にダサいと言っているだけで、世間では定番ですから、これをダサカッコいいとは言えないのであります。そういうことで、この501を、僕はまたしまい込みました。おとなしくユニクロとかGUのジーンズを穿いていよう。別に悪いものではないし。
さて、この501を久しぶりに手にして、こういうことがあったなあ、と思い出すことがありました。同時に、当時のオノレのロクデナシぶりを感じました。歳を重ねてしまったなあ。若いってああいうことだったのか。
時はまだ1900年代。職場の同期にXという男がおりました。お互いが唯一の同期。Xは2つくらい年上だったと思う。こいつがどうしようもないくらい曲者で、平時であればお近づきしないタイプの野郎なんですが、唯一の同期だから付き合うしかなかった。慣れない職場で、それは仕方のないことではあったと思います。
こいつはとにかくよく梯子を外してくる男でした。気分の上下が激しいヤツで、機嫌が良い時に申し合わせたようなことを、次の瞬間には機嫌が悪くなっていて「知らねえし」みたいな感じになっている。これが仕事の取組みにも表れているから、先輩、上司から「おまえ、同期なんだからどうにかしろ」と言われ、僕に世話役が回ってくることが日常茶飯事。地元に帰れば名士の息子だ、みたいなことを吹いていましたが、これはあながち嘘ではないと感じていました。なぜなら「社長の息子はバカ息子」という言葉がありますが、それを地で行く雰囲気があったので。パチンコとゲーセンと、酒飲めないクセにオネエチャンがいる店が大好きで、翌日仕事だろうがお構いなしに通いつめ、朝帰りをしていました。
ヤツは酒飲めないクセにオネエチャンのいる店に行き、そして僕が呼び出される。行くとですね、アニキ風を吹かしたような態度をオネエチャンの前で見せるわけです。俺はこいつの面倒を見ているんだ、というような感じで。僕はそこで自分のカネを使ったことがありませんでした。なぜなら、気前のいいところをオネエチャンの前で見せたいものだから、ヤツが払わないといけないわけです。要は、それをやりたいから、夜中だろうが僕を呼び出してみたり、最初から飲みに行こうと誘ってくるわけですね。まあ、僕もオネエチャンのいる店は嫌いではないので、全くもって嫌だったかというとそうとは言い切れないのですが、完全に楽しめるわけでもないですよね。
このXという男は行動も怪しい上に、清潔感とは対極にいるような男でした。珍味をやたら齧っている男で、ヤツのクルマに乗るとやたら珍味臭いのですが、はたしてこの珍味臭はほんとに珍味の匂いなのか怪しい気もしていました。単純に言うとイカ臭いのであります。飲み屋に行っていないときは本人曰くドライブとやらを朝までやっていたのですが、何しているかわからない雰囲気がありました。引越し直後に職質かけられてめんどくさいことになった、と語っていたことがありました。車の中を見せろと言われたところ、引越し直後だったため車内にはカッターやらガムテープやら、紐類が積まれたままになっていて「これは何のために所持しているんだ」と誤解されたと言うんですね。引越し直後だから、そういう物が車内にあるのはおかしくはなく、辻褄は合うのだけど、車内見せろと職質かけられるシチュエーションってどんなだよ、と思うわけ。そういう雰囲気の場所に車を停めていたわけで、状況が不可解。
職場では、トイレに入る前からイチモツ出して通路歩いているようなヤツでした。本人は、時間短縮のためにトイレに入る前からスタンバイしているんだ、と言っていました。ちょっと変わっている。
携帯電話が普及し始めた頃の話です。深夜に電話が鳴りました。また飲みに出て来いということかと思って電話に出たら違った。「助けにきてくれ」と言っている。山奥までドライブで車走らせていたら路肩にハマったと言うのです。僕の車で救助に来てくれ、と。当時、僕は三菱ジープに乗っていました。J55という三菱ジープの最終形式。これを出せ、と。
カーナビなんか積んでいない時代です。何のつもりかエライ細道に入ってしまったらしく、ところどころで携帯で場所を確認しながら1時間くらい走ったかな。人家もないようなところでXの車を発見しました。道路わきの斜面に脱輪していました。ここでどういう運転操作したらそうなるんだよ、というような状況でした。
ジープで向かったはいいけど、僕はその時、牽引ロープを積んでいなかった。そのことを忘れていました。車を整備工場から出した直後でした。入場に合わせて、車載道具一式を降ろしていたことを忘れていました。夜中に急に呼び出されたものだから、そこまで気が回らなかった。ジープで向かっても、牽引ロープもなにも積んでいなければ、ママチャリで行ってるのと同じ。
車のヘッドライトに照らされながら、ヤツは穿いていたジーパンを脱ぎました。「これで行ける」と。デニムは馬が引っ張っても破けねえんだ、と言う。その話は僕も知っている。それにしても、どうやって車同士を結ぶんだよ、と言う僕。
「アタマを使え」とはヤツの弁。僕に向かって、バカかオマエ、みたいな感じになっている。右脚と左脚をそれぞれに縛ればいいだろう、と。
いや、バカはオマエだろ、と思いました。
真夜中に山奥まで呼び出されて、さらに、バカだろ、みたいな感じになっている。そんなところでこっちはクソ面白くもないのだけれども、これから面白いことなるだろうと思い、「グッドアイディア!」なんてサムアップしている僕。
ヤツがジーパンで車を連結する作業を見届けてから、僕はジープの運転席に乗り込みました。OK!なんて言って、ヤツもサムアップしている。アクセル踏まずに、半クラでジープを前進させました。ディーゼルのトルクを舐めんなよ。
負荷がかかる感じもなくジープがゆっくりと前に進む。どんどん進む。何も引っ張ている感じがしない。「ああ!」という叫び声。下半身パンツの男が叫んでいる。
そうなるわな。右脚と左脚が完全に分離してしまったジーパンなのかなんなのかわからないものをジープは引きずっていました。説明するのも野暮なんだけど、縫い目の強度を度外視している。
JAFを呼ぶことになりました。救助が来るからあとは大丈夫、なんて言うから、僕はヤツを置いて帰りました。救助に来たJAFの人、山奥で下半身パンツの男が待っていたわけですが、どう思ったんでしょうね。
僕が帰ったあとのことは聞いていません。いつものように「は?何言ってんのオマエ」みたいな反応されるのがわかっていたので。
Xはそのあとしばらくして、職場から姿を消しました。ある朝、無断欠勤。本人と連絡とろうにも電話に出ない。独身男。部屋で倒れたりしていたら大変だということで、住居の管理者から鍵を借り、僕が職場を代表してヤツの部屋に入りました。本人の姿は無かったんだけど、借金の督促状がいっぱいあったなあ。
やがて居場所が見つかって、後日、職場に頭を下げに来たそうですが、僕はその時業務に就いていたので、ヤツの最後の姿を見ていません。
いろいろとやらかしてくれた同期ではあったんですが、JAFが来るのを待たずに、山奥にヤツを置いて帰った自分は酷いと思いますね。「帰っていいよ」と普通に言っていたヤツも凄いとは思いますが、その時の自分には人としての思いやりというものが無かったと思います。若いってそういうことなんですかね。
今日の工作は、上屋に雪を載せただけ。
重曹と木工ボンド、水を配合。


乾燥中。
次回はホームに雪を積もらせます。


