
いまどきの銀色の電車が全部同じに見えるとは言え、四六時中、ノスタルジーにはしゃいでいるわけではないのです。
嫁さんと一緒になる前のこと。僕の部屋に遊びにきた彼女が、物持ちいい僕の本棚並んでいた実業之日本社こどもポケット百科『国鉄全車両決定版』を手にとって「電車、全部同じに見える」とつぶやきました。113系と115系の写真を比べて「何が違うんだ」と。で、ひと通り説明すると笑いながら「変態だね」って言ったんですね。そういうところをケラケラ笑って付き合ってくれるので、その後一緒になったんだと思います。
それからというもの、たまに彼女が言うところの「変態度」を確認してくる。何の本だったか忘れたけど「この電車は?」と指さしながら言うので、覗き込むと急行色の気動車が「遠景」で写っている。「キハ55か26」って答えると「断定できないこともあるんだね(修行が足りてないね)」と、イマイチ感が滲むガッカリした顔をするので、ちょっとスイッチが入って「わかるわけねーじゃん、こんな小さな写真で。エンジンが1台か2台かの違いしか無いんだから。それに関連するとこ見えてねーし」と言ってやると、「やっぱり変態だね」と安心したよう。同じようなことは他にもあって、これも気動車なんですが、「これは?」と言うから見てみると、またどの路線かすらのデータも付してない遠景の写真。「キハ58か28」と答える。この頃になると彼女も心得ているので、「どこを見ればどっちってわかる?」と追加の質問をしてくるんですね。「せめて屋根の上が写ってればわかるよ」と説明してやると。「なるほどね」と満足してくれる。この手の質問で言うと、旧型客車に関する僕の回答なんかカオスでしかない。彼女にとっては。
やがて子どもが生まれると、そっちが中心になるから、そんなお遊びは無くなります。
あのお遊びをしていた(されていた)頃から15年以上たった最近になって、久しぶりにありました。テレビに映っていた電車を見て「これはなに?」と。「Eナントカ系ってヤツじゃない?」と答えます。それから別の日の「これは?」・・・「長崎?あー、やさしくってナンチャッテ1系ってやつ」もう答えるほうも適当。熱量がない。嫁さんも「落ちぶれたもんだね」と。僕はしまいにはこう言いました。
「お父さんね、銀色の電車は全部一緒に見えるから訊いても無駄」
「一緒に見える」15年以上前に嫁さんがつぶやいたセリフを自分が言っている。なんか、切ないですね。これだけ見るとただのノスタルジックオヤジ。
車両はわからないけど技術の進化は多少わかります。それを趣味の世界に持ち込めていないだけ。完全に切り離しています。国鉄型気動車の走りが好き、抵抗制御で走っていた電車が好き。だけど、そこに拘るのはエゴであって、技術の進化を否定してしまう。僕は、技術の進化の究極の目的は人の命を救うことだと考えています。それは医療の分野はもちろんそうだけど、あらゆる現場作業で失われる人命が減らせるという望みがある。人命と大きなことを言わずとも、これまで3人でやっていた作業が2人でこなせるようになる、とか、いちいち作業服に着替えてやらないといけなかった作業が着替えなくてもやれる作業になる、こういったことは世の中にたくさんある思います。
国鉄型気動車のような鈍重な走りが消えてしまうのは「僕の趣味」的には寂しい。しかし、回転数が供給される電気の周波数(回転磁界)に依存する誘導電動機に対して、インバータで電気の周波数を変えて供給することが可能になったから、これを可変速のエンジンの代わりに使えるようになったことの恩恵は身近にある。これは僕がいま身を置いている世界でも実用化されています。だから、このことは僕は趣味とは切り離して勉強して、これからも機械に付き合っていかなければなりません。僕は仕事でディーゼルエンジンにも関わっています。国鉄型気動車にノスタルジーは感じても、仕事においてはディーゼルエンジンがダメなところに付き合っています。仕事では趣味的ノスタルジーに反して、その変化、進化を受け入れています。先日も「モーターで走るって言っても、結局ディーゼル発電機使ってるなら一緒でしょ。ディーゼルエンジン使ってるんだから」という人に簡単に説明したばかり。
「いや、ディーゼルエンジンってのはここって目指して調整したポイントでしか効率が発揮できないんだよ。それ以外の回転数だったり負荷率ではよくない物がいっぱい出ちゃったりするんだなあ。環境にも良くないよ。でも発電機の原動機として使うディーゼルエンジンは基本、回転数一定だから。これはつまりあれよ、目論んだポイントでエンジンを動かし続けるわけだから、変な物が出ることもないし、それに関連したメリットも多いわけね」
相手が「わかんない」って言ってる人なので極めて平易な説明に留めてるとは言え、こんなことを喋っている時の僕は国鉄型がどうとか言ってる自分じゃない。僕が給料得ている世界で必要なライセンスの国家試験では「変速使用が前提の機関の調速機と発電原動機に用いる機関の調速機で求められる要件の違いを述べよ」みたいなのがある。昨今の技術の進化によって、もうこの国家試験では多くの過去問が使えなくなるんだろうな、と僕は思っています。ちなみにモーターで走ることで機関からの長い駆動軸が不要になるメリットも、僕の仕事では意識されています。
こうなってくると、僕はダブルスタンダードで生きていかないといけなくなる。ポジショントークになる自分に疲れる。だから、行為で明確に区別することで、僕の人格破綻につながりかねない状況を回避することにしました。ノスタルジックな思いは模型に落とし込むという割り切り。職場ではノスタルジーが滲む趣味のことは一切口外してないし、逆に趣味ではノスタルジック(昭和40年代後半以降限定)なことにのみ脳汁が出る仕様。
そういうことなので、僕の模型には「銀色の電車」は出てこないと思います。【了】


