野蛮人の模型生活

隠れた名作だと思う『むくげと9600(キューロク)』のご紹介

タシカニ

このようなB級世界へ、ようこそお越しくださいました。家族をあげて、感謝致します。今となっては趣味人として鉄道会社にも鉄道模型メーカーにもほとんどカネを落とすことのないゴミのような男です。それでも別に生きていける。「神の視点」を捨てた、おカネをかけない模型生活。ゴミ男がゴミを生み出す生き様をご笑覧ください。

己のテツとしての入れ込み具合を示す表現として、「時刻表」が愛読書です、というのがあります。透けパンするぐらい薄くなってしまった昨今の時刻表はもはや自分にとっては愛読書でも何でもないのですが、タモリ氏がそれを言い始めてから口にするのが抵抗なくなったのか、世の中にはそういう人たちがまだまだたくさん存在しているようです。類するものとして、「広辞苑」が愛読書です、というのもありますね。

時刻表や広辞苑をこよなく愛する人たちは、1日と欠かさず、その愛でる書物を眺めているのでしょうから、これを愛読書と言われても誰もケチのつけようがありません。いまの僕には、それがない。

愛読書というほどのものではないのですが、ずっと探していた本はありました。

はい。本日、ご紹介するのは、1973年、牧書店刊 しかたしん・作 藤沢友一・絵 『むくげと9600』であります。

この本は昔、通っていた中学校の図書室に蔵書としてあって、在学中に何度も借りて読みました。当時からしてすでに古い本だったので、書店では入手不可能であり、借りるしか方法がない本でした。

この本をずっと探していました。それがようやく、古書店より入手できたのであります。空白の約40年弱を経て、読み返しましたが、内容は寸分違わず覚えていました。

ストーリーです。今となっては巷に出回っている数も極めて少ないと思われるため、復刻されない限り今後読む人も居ないでしょうから、問題ないのでしょうが、一応、テンプレします。

ネタバレ注意。

9600の特定のカマが一貫して登場するのですが、ちゃんと人間の主人公が居ます。戦時中の話。冒頭では「おれ」は中部地方の勾配線区を抱える機関区に所属する新米機関助士であり、話の前半はこの機関区が舞台になります。ここでのいじめや困難が伴う乗務が綴られる。ある日、台風下でありながら、重量オーバーの陸軍の特別列車を走らせろというミッションがくだります。ほんとうならD51が欲しいところを、やりくりがつかず「例の9600しかない」ということで、これで行かされる。すでにムリゲーな話。案の定、立ち往生するわけです。そんなちょっとした話の山場がある。

前半はこのような展開なのですが、ちゃんと後半に向けての下準備となるストーリーに仕上がっています。

「おれ」はそのうち戦争で命を落とすと思っています。悔いを残さないためにも一刻も早く機関士に昇格したい。そんなところに南満州鉄道の機関士募集の話がくる。「おれ」はこれに志願して、のちに満鉄の機関士になります。

勘のいい人は気づくと思います。なぜ主役のカマが9600なのか。

後半は満鉄勤務の話。ここで標準軌改造して海を渡ってきた「例の9600」に再会するんですね。よりによって、その内地の機関区で世話をしたカマに乗務した日のこと、その貨物列車が馬賊に襲撃されてしまうわけです。馬賊の頭は9600の性能を知って襲撃したわけです。その頭というのが・・・

という感じのストーリーであります。「新少年少女教養文庫」シリーズということですが、なかなか読ませるところがあります。このままでも十分ですが、ちょっと話を盛れば大人相手にも通用するお話。専門的にならず、鉄道に興味がない読者もしっかり繋ぎ止めて読み通せるという良い塩梅。

鉄道を話の柱に据えて、時代が伝わる。若いイチ鉄道員の仕事を描くことで、それが伝わる。なかなか凄いな、と思います。表向き平和な今の日本。ある仕事界隈のネタで終始して、それで令和の今が語れる仕事って何があるんですかね。今はどの業種も人手が足りず、どこもとくに若い人たちを求めてますが、みんなどこに行くんでしょうね。この本を久しぶりに読み返したところで、脈絡もないのですが、何をするにも選択肢があるし、ライフスタイル重視が何も恥ずかしくない現代なので、やっぱり今の若い人の平均的なところの職業観って希薄なんだろうなぁ、と勘繰ってしまいました。

僕がいる業界、職場。ほんと若い人が来ないんですよ。

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