
みなさんコンニチワ。夏はなにかと水分を摂りすぎてしまいます。宅内に居ながら猛烈な便意に襲われ、トイレに駆け込もうとするも使用中。そこで順番待ちをしている最中にありながら「トイレ待ってるヒマがあったら皿洗え!」という鬼のような要求を突きつけられるという、戦時下を彷彿とさせる過酷な状況で生きながらえているマイケル・J・タシカニでございます。
下半身のあの塞止弁が開放されてしまうととんでもないことになるので、つま先立ちダイエットのような姿勢で耐えながら皿を洗っているとふくらはぎがヤバいことになりました。
「男は敷居を跨げば七人の敵あり」と言いますが、僕の場合は敷居を跨ぐ以前のエリアにおいても命を狙われそうな勢いです。
ブログの更新に少し間が開きました。サボっていたわけではありません。その必要を感じなかっただけです。限られた時間で工作を進めるかブログに駄文を掲載するか、どちらかとなった時に誰も読んでないクソブログに時間を割くはずがありません。他人の褌でネタを用意しているわけではないので、自分がヘボ工作を進めればそれがネタになるし、頭の中でくだらないことを思案すればそれがネタになります。ネタは際限なくあるのですが、その解放が後手になるほど多忙なのでありました。
散髪する時間すら落ち着かない男でございます。嫁さんが「もみあげが凄いことになっている。アゴで繋がりそうだ」と指摘してきたのが数日前。そのときはもみあげを嫁さんに揃えてもらうことで、散髪に出かけるタイミングを先のばしする予定でしたが、その直後に別件で彼女の機嫌が悪くなってしまいました。そんな時に「もみあげ切ってもらえませんか?」とお願いするのも嫌だったので、そのまま放置。昨日、重い腰を上げて散髪に出かけました。
カットハウスで着座して終わるまで5分強です。今回はメチャ早かった。いつもこんなだったらいいのに。あまりに早い作業だったので、終わったらこちらも勢いで店を後にしました。どういう髪型になっているのか自分でもまともに見ていません。一応、最後に鏡を後ろから当てて「こんな感じでどうっすか?」と訊かれるのですが、僕はいつも「無問題!」で済ませてしまいます。そこであーだこーだ言ったところでさらに時間が長くなってしまいますから、いつも「無問題!」なんです。
帰ったら嫁さんが「いい感じじゃん」と言うので、そこで鏡を見て「なるほど、こんな感じになっていたのか」と自分でも知ることになったのです。
僕の散髪時のオーダーの仕方は20年近く変わっていません。どの店、どの人相手でも同じ文言で伝えてきました。定型文そのものです。しかしながら、毎回、仕上がりが違います。高校生の時はいっちょ前に美容師がいる店に行っていましたが、僕の髪型なんか誰も気にしちゃいないと悟った日から1,000円カットです。そういう店では毎回、違う人が当たる。そこで特に、仕上がりが変わる。
愚痴ではありません。面白いな、と感じているのです。同じ頭、同じオーダーでも、人によって作業の結果が違うのです。1,000円前後の世界であれど、切ってくれる人は技術者です。定番の技術はもちろんあるんだけど、それをどう出していくかはセンスです。その人の技術とセンスが入って結果が出てくるのが面白いなと。
そこを許容というより、楽しめる自分の感覚を大切にしたいと思います。
説明書どおりに組んでいくプラモデルだろうが、スクラッチ制作だろうが、模型制作はある意味、芸術だと思っています。「芸術」の定義なんか知らないですけど、ここでいう「芸術」というのはわかっている人が使うような格式ばった目線で言っているのではなく、大衆的な用法でしか使っていません。ただ、それをこしらえる人の感性が入る世界という意味です。そして、そこでは鑑賞する側も何かに縛られてはいけないものだと思っています。
僕は30年以上前、写真に入れ込んでいて写真学校に入ろうかと悩んでいた時期に、東京のとあるプロラボでバイトしていました。そこではすでに写真学校を卒業した人たちがたくさん社員として働いていたし、現役の写真学校生もバイトで来ていました。僕は写真学校で学んだことがないですから、撮影技術どころか写真に関する思想的なものも持ち合わせていなかったんですが、そういった写真をひと通り学んだ人とか今まさに学んでいる人たちとの会話の中での「写真は真実を写す」という僕の発言に対して、ひとりの社員の方が「写真は真実を写さねェよ」と言ってきたんですね。
その方から一冊の本を貰いました。「写真やってるヤツがまず読む本だ」と言って、名取洋之助氏の『写真の読みかた』という本を手渡されました。
写真は撮影する人間の主観でどうとでも表現できると。表現されているものは必ずしも真実ではないというようなことが書かれていました。とある一軒家から荷物を全部外に出して、それを記録した写真がある。それを「一軒の家にこんなにたくさんの物が詰まっていたのか」と見せるか「これだけの物しかないのか」と見せるのか、やり方しだいだというようなことが実例を示して書かれていたと思います。
すみません。その本がすぐ取り出せるところに無いので、正しい記述をすることができないのですが、そのような内容だったと思います。記憶違いかもしれません。単写真でもアングルや写しこむ情報量で表現の計算ができるし、組写真であれば並べる順番でも結果を操れるということだったと思います。
要は、写真は撮影者が込めた意図や感情もさることながら、観る側にもそれを前提としたリテラシーが要求されるということを伝える本だったと記憶しています。
写真のこういう曖昧さがいいか悪いかはケースバイケースでしょうが、少なくともその曖昧さのなかに楽しむ余地があるのだと思います。模型もそういう感覚があっていい。「写真」といいながら「真実」を「写す」わけではないのだから、「模型」も「型」を「模して」なくていいんじゃないかと。
カマボコバス風を作っています。実物の記録写真をたまに眺めながら制作していますが、明らかに、ここ違うよな、と思う部分がたくさん出てきます。でも「雰囲気は出てるな」と自己満足している自分がこの話を思い出しましたので、このタイミングでこの思い出を書きました。
模型、ジオラマを鑑賞する際に、制作者の世界観を覗きたい人は観ている自分と制作者の表現とのマッチングを楽しみながら眺めればいいし、あくまで実物そのもの風を観たいひとは、脳内で好きなように補正すれば良いのです。昭和の男なら、『デラべっぴん』やら『アクションカメラ』のページをめくりながら自然と養われた無形の技術があるはずなんで、それを模型鑑賞に活かせば良いわけですな。見えないものは想像する。自分の要求するものに対して提示されているものに足りない部分があれば黙って脳内補正。
人が作った模型見て野暮なこと言う人は『デラべっぴん』読んでいた頃の自分を思い出してくださいよ。同じテーマで模型を作っていながら、いろんな幅があるものが出てくる。それを楽しむ風情って絶対、必要だと思うんですよね
はい。
世知辛い世の中が進行しているようです。ダイソーで売ってる接着剤の容量が減っていることに気づきました。

車体両側面の内側に補強を入れました。内装を再現しないので、補強も自由度があって楽ですね。単純に切って貼っての世界です。


昔のバスを模しているので、車体にはリベットが並んでいます。リベットルーラーを使って表現したいと考えていましたが、どこでそれをやるか悩みの種でした。プラモデルなら立体に組んでからでも可能なんでしょうが、補強入れているとは言え、所詮、紙です。組んだあとではベコついて上手くいかないんじゃないかと思ったので、平面のうちにやってしまおうと。ただし、これ、もっと強度を持たすためにあとからサフ吹いただけで埋もれてしまいそう。そのときはそのとき。

立体物にしていきます。前面に着手。

接合部を瞬間接着剤で固めて、ヤスリ掛け。


後面も手っ取り早くやってしまいます。とりあえず、早く立体像を確かめてみたいところでございます。

着手時に難物になりそうな工程がいくつか予見できたのですが、今がまさしくその1発目でございます。図面もなくやってますので、後面の傾斜とか目検討。さらにRがついた角部分とか「適当になっちゃうんだろうなあ」と思っていましたが、やっぱり現実になっても適当ですね。ただ、画像では微妙な角度が光を拾って凸凹づいたように写っていますが、実物は手で触ると、結構滑らかでございます。塗装すれば気にならなくなりそう。気になるようなものができたら脳内補正で見えなかったことにして欲しい。

こんなのできてますけど、いいんですかね?

いいんだろうか?
作業机の裏面にダイソーの引き出し式小物入れを取り付けていたのですが、重い物入れすぎて両面テープが負けてしまいました。強力な両面テープを買うよりも新しく買いなおした方が安いと思って買いに行ったら廃番になったのか、同じ物が無かったです。代わりに500円商品のA4サイズのものが売っておりまして、新しい小物入れに使えそうだと思って買ってきました。
実際に取り付けてみましたが、小物入れとして使うよりも、机上のクズを一時的にため込んでおく用途のほうが便利そうなので、そうすることにしました。なかなか良さげなんですが、難点は引き出し部が外せないのです。そういう使い道の物ではないので不満を言うものではないのですが。ここにため込んで、あとで掃除機で吸い取ることにします。

少し前、ペットボトルのマイクロプラスチックの人体への影響なんてものが騒がれましたが、いや、プラ板とかプラ棒をヤスってプラ粉末たくさん出して作業してるってのはどうなのよ、って思いましたよ。粒子はデカいけど、体内に入ってますよね、そういうの。大丈夫なのか?
今回はここまで。
『デラべっぴん』とか『アクションカメラ』系雑誌のネタとしては、僕はさらにネタ記事1本書けそうなトンデモネタを持っているのですが、それは書けませんね。家族も読むかもしれないので。そういうのはちょっと。僕のクソブログなんか誰も読まないと思っていますが、僕がお星さまになったあと、家族が「あのオヤジはこんなこと考えていたのか」と思ってくれれば良いと思って、チマチマやっております。そういう趣旨ですので「死人に口なし」でどうにもならないネタは書けないなあ。
※瞬間接着剤技能講習なるものを受講した事実はございませんし、そのような講習があることは確認できておりません。実在するその界隈の学校とか講習のようなものと関連する画像ではございません。B級ネタとして消費していただければ本望であります。ワハ。



