野蛮人の模型生活

【チャレンジ】Nゲージ界のブローニングM2重機関銃みたいなアレ【2万キロ】

タシカニ

このようなB級世界へ、ようこそお越しくださいました。家族をあげて、感謝致します。今となっては趣味人として鉄道会社にも鉄道模型メーカーにもほとんどカネを落とすことのないゴミのような男です。それでも別に生きていける。「神の視点」を捨てた、おカネをかけない模型生活。ゴミ男がゴミを生み出す生き様をご笑覧ください。

ブローニングM2重機関銃というとんでもない火器がありますね。1930年代に米軍が制式採用してから、自衛隊を含めて、いまだに各国で使われている。宇宙軍とかもあるし、陸海空の兵器でもすでに根深くコンピュータが駆使されている現代において、100年近く前に誕生したものがいまだに使用されているという事実。いまでも、野戦という人間臭い戦の場では、こういう物でも通用するということを語っていますね。車両という鎧の中にいるとしても、人と人が直接戦闘するシーンにおいてはコンピュータは入って欲しくないという個人的な思いもあります。

作りがシンプルなものは早期に完成形が現れ、それ以上は進歩しようがないというか、進歩を要求されないということがあります。「それでいいじゃないか」という容認派どころか、もっと言うと「それがいい」という絶対的信頼を寄せるユーザーを獲得して、その地位を永遠なものにしてしまう。

KATOのキハ20系シリーズ。僕が小学生のときに初めて買ってもらった鉄道模型がコレでした。ビジュアル的な意味で単行運転が可能なキハ20を買うつもりで店に行きましたが、店頭に並んでいるキハユニ26がやっぱり魅力的に見えて、買ったのはこっちでした。なんせ、オハユニ61とか合造車に変態的にテンションがあがる小僧でしたので、そうなるのは仕方がない。

一緒に買ってもらったのはトミックスのレールセットB。複線で外回りにくるのがこれだから、Aセットより距離稼げるという、ものすごいしみったれた小僧の浅はかな考えでこっちにしました。来る日も来る日も、エンドレスなお座敷レイアウトでグルグルと酷使。アクセル全開で行くものだから横Gで車両が吹っ飛ぶとか、まあ酷い。走り潰しました。地球半周分は走っていないと思うけど。おそらく、僕が持っていた車両の歴代最長距離走行記録は、このキハユニが樹立し、更新されることは、もうないと思います。

買ってから家に持ち帰って、さっそく走らせる。試運転とか慣らしとかやらない。いきなり全開。そしたら、たまたま、その時ブレーカが落ちたんですよ。なにか他の家電品を使っていたからなのだけど、小僧はそう思わない。「鉄道模型ってすげえな。すげえ電気食うんだ。鉄道模型をやると電気代で家計がヤバくなるかもしれない。さすが大人のオモチャだ」とマジ、ビビりました。バカですね。

小僧に高価なものを買い与えてはいけないと思うけど、そうしないといつまでも学ばないとも言える。よくないことをいろいろやってましたね。子どもだから、しょっちゅう入線イベントがあるわけではない。誕生日とかクリスマス、お年玉での購入、そういう時にしか新しい車両は入って来ないのだけど、ことごとくロクなことにならない。

学研のキハ58の3両セットが奉仕品で店頭に並んでいたので、手元にきました。このキハ58がやたらハイパワーでした。それなものだから、あり得ないような急勾配をこしらえて登坂実験。無蓋車に粘土をギュウギュウ詰め込んで、それで足りないからKATOのコキの一体型コンテナを取っ払って、そこにもトップヘビーになることお構いなしに粘土をモリモリに盛って牽引させるとか。コキ、コキフで5両持っていたから、迫力が凄い。そういうものをキハ58が牽引するという、物凄いことになっていた。こんなバカしかやっていない。カブトムシのツノと糸で連結して網引きさせるとか、ほんと、やっちゃいけないことやっていた。

これも学研製なんですが、DD54(タイプ)という尖った車両がありましたね。製品は車軸配置がBーBだから、あくまで「タイプ」なんですが、学研はこれを「DD54だ」と言い切って売っていましたね。「タイプ」とは言っていなかったような気がする。覚えていないのですが。これだけ製品が充実している現在だと発狂する人がいると思います。

これも酷いことになった。高千穂橋梁とか第一白川橋梁を経験した後でしたので、「やたら高い鉄橋を走っているカッコいいディーゼル機関車を撮るんだ!」とかいうイメージ炸裂でトライ。当時、市営住宅の3階に住んでいました。ベランダの手すりにレールを渡し、オリンパス ペンを持ち出して撮影開始。いろいろアングルを調整していたところ、落下。地上で粉砕しました。

クラスメイトにO君という子がいました。僕がNゲージを買ってもらったということで、彼もおねだりをしたようです。彼の凄いところは、父親を巻き込んじゃった。オヤジの方が入れ込んじゃって、向こうは大人買い炸裂ですよ。世が世なら、毎日入線報告してるんじゃないかというくらいマネーを投入していましたね。羨ましかったんだけど、それで僕が数少ない所有車両を大切にしていたかというと、こんなことばっかりやっていた。当時の自分のところにいけるなら、ビンタ張りますね。間違いなく。相手は昭和の小学生なので、ビンタ張っても、それは許容範囲。いまやったらお父さんは仕事を失います。涙の記者会見。

てか、僕が僕にビンタ張ってんだから、文句言われる筋合いはないのだ。

ほとんど工作が進んでいません。ホームのようなものの下地を作っておきます。

テクスチャーペイントが乾くまでの間、ディスプレイケースの下に敷く、かさ上げ用パーツのようなものを作ります。なんかの梱包材で入っていた発砲スチロールを有効活用。その上に、この前使った黒ボール紙の余りを貼っておこう。

ディスプレイケースに仮置きして、イメージ確認。

今回はこれだけです。中弛みなのか、なにか他の要因で疲れているのかわからないんですけど、テンションあがらねェのです。今週は土曜も仕事ですからね。

拙作『検修庫』で匿名のツッコミがありました。「検修庫でノーヘルかよ!」ってヤツ。おたくさんの言いたいことは良くわかる!僕も頭のてっぺんまで現場のブルーカラーでしたからね。ご指摘の意図は承知。

拙作を会社のKYT活動にご活用ください。なんなら、『脚立のてっぺんに立って蛍光灯を取り替えているオッサンの図』の情景作りましょうかね。ご依頼、お待ちしております。

なにはともあれ、「御覧いただき、ありがとうございます」

KATOのキハ20。世間も承知のことなので、いまさら僕ごときが改めて言うようなことではないのですが、これがいまだに視界に入るというのは凄い。

40年前、中学校で工作クラブに入っていました。文化祭での僕の出品。

『KATOのキハ20の首都圏色を首都圏色に塗ってみた』というヤツでした。

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